スペシャルティコーヒーの本場シアトルから下町へ。
マキネスティコーヒーの歩んだ20年
「ちょっとそこまで」なんて思える、ゆとりある日の目的地は、美味しいコーヒーとケーキがある居心地のよいカフェ。
マキネスティコーヒーには、そんな暮らしもいいなぁと思える時間が流れています。
錦糸町駅の南口を出て、京葉道路沿いにまっすぐ。
駅前の賑わいが少し落ち着いてくる市街地の沿道を進みながら、まずは「Espresso」のネオンサインを探して。
「お客さんに『ここは最寄駅のないお店だね』なんて言われて、思わず『ほんとですね』と返してしまったこともあるんです」
オーナー夫人の辻英子さんが静かに笑う理由は、錦糸町・押上・菊川といった3つの駅から、ともに10分ほど歩いた場所にあるから。
お散歩がてらカフェでひとやすみしたい人にとっては、ちっとも遠く感じない距離ですが、さらに、こだわり抜かれたスペシャルティコーヒーとアメリカのお母さんたちのレシピから受け継いだホームメイドケーキを楽しみに向かえば、足どりも自然と軽やかになります。
でも、どうしてこんなところに?
墨田区の緑にある本店を訪ねると、マキネスティコーヒーの20年の物語がそこにはありました。
シアトル在住の日本人ご夫婦が営む、好きから生まれたコーヒーショップ
マキネスティコーヒーが生まれたのは、日本に「スペシャルティコーヒー」という言葉がなじんでいなかった約20年前のこと。
当時、赤羽橋にあったお店は欧米人のお客さんで埋まってしまうこともしばしば。本場であるコーヒー文化圏の人々にも愛されていた証です。
それもそのはず。
オーナーの辻さんご夫妻は、長年アメリカのシアトルで暮らし、日本とシアトルの家を行き来する生活を送ってきたそうです。
シアトルといえば、アメリカにおけるスペシャルティコーヒー発祥の地。
シアトルでエスプレッソマシンメーカーに勤める知人がいた辻さんご夫妻は、コーヒー好きだったこともあり、日本にお店を出そうということになったそう。
そもそも店名にもなっている「マキネスティ」とは、イタリア語で「マシンを取り扱い、指導できる立場にある人」という意味。
自家焙煎したスペシャルティコーヒーを、確かなエスプレッソの技術によって堪能できる貴重なお店です。
とはいえお店そのものには、気取らず、ゆったりした空気が流れています。
扉を開けると、そこはまるでアメリカのロースタリーカフェ。心地よい洋楽の流れる店内には、焙煎機や抽出の音が重なり、程なくして香ばしい香りが届きます。
店内には男女問わずそれぞれに一人客もちらほら。
本を片手にコーヒーとケーキを楽しむ姿に「きっとここが行きつけのお店なんだろうな」と想像をめぐらせました。
アメリカでの生活を経て選んだ、史跡と包容力のまち
赤羽橋や広尾、代官山などにお店を構えていたマキネスティコーヒーが、ここ錦糸町にお店を構えてから今年で丸10年。
このまちに根を降ろした理由には、利便性と愛着の両方があります。
ご主人の純一さんとともにマキネスティコーヒーを築き上げてきた英子さんが、過去を振り返って教えてくれました。
「赤羽橋にお店があった頃から、焙煎工場は両国だったんです。空港から総武線で直通ということもあり、シアトルとの行き来に便利だったことがひとつ。あとは、40年ほどアメリカ生活をしてきた主人が、江戸時代の史跡などがたくさんあるこの辺にハマってしまって『絶対に下町じゃないといやだ』って(笑)」
その頃、シアトルでは「ローステリア」という形で、豆を焙煎しているところを見ながらコーヒーを飲めるお店ができはじめていたそう。
マキネスティコーヒーでもそのスタイルにしたいと考え、大きな焙煎機が入る物件を一年ほど探しまわって見つけたのが、元ガラス工場である今の場所でした。
「東京だと、狭くて限られた土地の中で焙煎機を置くのは本当に大変。その点で、工場の居抜きだったこの建物がピッタリだったんです」
と、英子さん。
「今でこそ周りにマンションやアパートもできましたが、当時この辺りは工場ばかり。本当にお店としてやっていけるか不安になったくらいでした」
とはいえ、開店した当初から家族ぐるみで通ってきてくれるお客さんもいらっしゃるそう。
当時小さかった息子さんが立派な大人になって再訪してくれたときに「こんなに大きくなって!」と驚いた、なんてあたたかなエピソードも。
コーヒーもケーキも一切妥協なし。本場の味をそのまま日本で
店内の奥に鎮座する大きな焙煎機は、マキネスティコーヒーのプライドそのものを表すよう。
「ウチのDNAは製造業なんです。焙煎した豆を卸売しているからこそ、お客さんにどうやって淹れたら美味しいか答えられないとまずいと思ってカフェを始めたのが、本当のところ」
グアテマラ、コスタリカ、エチオピア、ケニア……と、時期によって各地から取り寄せる豆をここで焙煎し、それぞれに合った味わいを引き出していきます。
「焙煎って、雨が降っていたりするだけでも湿度が違うから、火入れの度合いが毎回変わってくるんです。目で見て、音を聴いて感覚を研ぎ澄まさないと、コンマ単位で終わってしまう。シアトルの仲間たちがそうしていたのを見て、私たちも少しずつ学んだことです」
基本となる判断基準は、豆の特徴をどうやったら的確に出せるか。同じ産地の同じ豆でもベストな焙煎方法は毎年違います。そんな試行錯誤を20年間続けているのだから、ファンが離れないのも納得。
そして、こだわりはもちろん焙煎だけではありません。
店名の由来にもなっているエスプレッソマシーンの技術力も、おいしさの秘訣。
「エスプレッソマシンは車のマニュアル運転と同じ」と説明してもらい、腑に落ちました。
作業している最中は目を離すことができず、抽出するときは1秒以下の世界で向き合っているのだそう。
定番メニューのひとつである「ウェットカプチーノ」。
北イタリアの伝統的な飲み方であるこちらは、スチームにしたミルクに、抽出したエスプレッソを注いで完成です。
まろやかで濃厚なミルクの口当たりと、しっかりとした香りと苦味のあるエスプレッソが混ざり合い、ひとくち飲んだだけで幸福感に満たされます。
アメリカの家庭で受け継がれてきた、こだわりのホームメイドケーキ
マキネスティコーヒーにファンが多い理由はもうひとつ。
英子さんがシアトルで身につけた、アメリカのお母さんたちの手作りケーキレシピを忠実に再現したデザートたちです。
アメリカのホームドラマで観て憧れたようなケーキたちが並び、ショーケースを眺めるだけでも嬉しくて目移りしてしまいます。
中でも毎年シーズンがやってくるのを心待ちにしている人が多いのは、こちらのアップルパイ。特に広めようとして出していた訳ではないけれど、今では問い合わせの電話がかかってくるほどの人気ぶりだそう。
ゴロゴロとりんごが入ったケーキにバニラアイスを添えた、見た目も嬉しいご馳走デザートです。
「アメリカの奥さんたちは、代々その家で受け継がれる手書きのレシピブックを持っているんです。お店では、そのなかから『これ美味しいのよ』と教えてもらったものを参考にして作っています」
たっぷり大きなアメリカンサイズなのは、英子さんがシアトルで作っていた頃から愛用しているケーキ型をお店でも使っているから。
一方で、現地のそのままのレシピでは、日本のりんごを使った場合に美味しさが引き立たないため、今のレシピになるまで2年もの試行錯誤が続いたといいます。
アップルパイ以外にも、英子さんが丹精込めて作るホームメイドデザートはぜひコーヒーとご一緒に。
変わりゆくまちに、変わらない味でいつも迎えられるように
「この辺の景色も、10年前にお店をはじめた頃とは随分変わりました」と英子さん。
住宅が増えたことで、近隣から足を運ぶお客さまは若い人も増えたように感じているそう。一方で、2019年に新たに2号店としてオープンした錦糸町テルミナ店では、買い物帰りのご年配のお客さまも足を止めていくそう。
「20年もお店をやっていれば『むかし赤羽橋で飲んだあのコーヒーが忘れられない』と、懐かしいお客さんが突然やってくることもあります。そういうときに『なんだ変わっちゃったんだ』と思わせてしまうと悲しいですよね。
逆に、『あぁ変わってないね。やっぱりこれだよね』という言葉にこちらが心を打たれるんです。このスタイルでずっと通してきたから、新しいことをどんどんやっていかなきゃいけないと思う反面、基本の部分は絶対に変えないことも大切だと思っています」
日本におけるスペシャルティコーヒーのお店として時代を築きながらも「ずっと変わらない」を保ちながら、居心地のよい場所を構えておくこと。駅ビル内の新店舗で間口を広げ、より多くの人たちにコーヒーを届けていくこと。
同時に続けていくからこその価値を、マキネスティコーヒーの在り方に感じました。
お店に足を運んだ際は「本日のコーヒー」もいいけれど、たまには「シングルオリジン」で、こだわりのアルチザンローストをぜひ堪能してください。
素敵な「HELLO!」が、今日もあなたに訪れますように。
(取材・執筆:山越栞)
住所 | 東京都墨田区緑3-11-5 Google mapで見る |
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営業時間 | 12:00-19:00(L.O.18:30) |
定休日 | しばらくは月曜〜水曜 |
TEL | 03-3846-4321 |
WEB | https://macchinesticoffee.co.jp |
SNS | Instagram , Twitter |
etc. | Get!East Tokyo |
※本記事に掲載している情報は、2022年3月時点の情報です。
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